【考察】ブラック・ジャック「おばあちゃん」──命の値段と、試された親子の絆

生きる姿勢

【考察】ブラック・ジャック「おばあちゃん」──命の値段と、試された親子の絆

手塚治虫の名作『ブラック・ジャック』には、読者の心に強く残る名エピソードが数多く存在します。今回は、その中でもとりわけ深いテーマを内包している「おばあちゃん」というお話について、私自身の視点も交えて考察してみたいと思います。

おばあちゃんの「嫌なキャラ」がもたらす違和感

物語の序盤、おばあちゃんはお金にうるさく、息子夫婦にも厳しく接する、いわゆる「嫌な老人」として描かれます。読者としても、どこか心の距離を感じてしまうような、冷たく打算的な印象すら受けます。

しかし物語が進むにつれ、実はその態度の裏には深い思いやりと、家族を守るための覚悟が隠されていたことが明らかになります。

おばあちゃんは息子夫婦に負担をかけまいと、自分を犠牲にしてまで気丈に振る舞っていたのです。

倒れるおばあちゃん──そして、ブラック・ジャック登場

そんなおばあちゃんが、ある日突然倒れてしまいます。命に関わる大病でした。息子はブラック・ジャックに治療を依頼しますが、提示された治療費は3,000万円

息子は驚き、動揺します。しかしブラック・ジャックはこう言います。

「自分の母親の命を3,000万円で救えるなら、安いもんだがね。」

この言葉には、ブラック・ジャックというキャラクターの本質が込められています。彼自身、親を知らずに育ち、孤独の中で医師としての道を歩んできた人物です。

そんな彼だからこそ、家族の絆にこだわる一面があり、「命を金で測れるのか?」という問いを、息子だけでなく、私たち読者にも突きつけているのです。

ブラック・ジャックは報酬を受け取ったのか?

結末でブラック・ジャックが3,000万円の報酬を実際に受け取ったかどうかは明示されません。

この「描かれなさ」が、エピソードをさらに印象的なものにしています。

ネット上でも意見は分かれますが、私は受け取らなかった派です。

彼は他の話でも、あえて高額な報酬を提示することで患者や家族の「覚悟」を試すような行動を取っています。実際には、手術が終わった後に請求せずに立ち去ったり、生活費を手渡して去るケースも少なくありません。

「おばあちゃん」の回でも、息子が母の本当の姿に気づき、心から「助けたい」と思った時点で、ブラック・ジャックの中ではもう試練は終わっていたのでしょう。

命の重さと、家族への眼差し

このエピソードの肝は、「命に値段をつけられるのか?」というテーマと、「家族の本当の姿に気づいたとき、人はどこまで覚悟を持てるのか?」という問いかけです。

ブラック・ジャックは、冷徹なように見えて、実は非常に温かい人間味を持っています。今回の3,000万円の提示も、金銭的な取引ではなく、家族を救う覚悟が本当にあるのか?という「魂の診察」だったのかもしれません。

最後に──あなたならどうする?

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